親としてのカンを磨くのをサボっている

いまたくさんの親が、親としてのカンを磨くのをサボりすぎてる、と思います。だから子どもがほんとにして欲しいことは何なのか、分かっていない。
今の生活はある程度金がなかったらオモシロくない、とみんなが思い込んでいて、どうしてもお金を稼ぐ方に一生懸命になってしまうんです。そうすると親のエネルギーがそっちへ集中してしまって、子どもから離れてしまう。
お金を稼ぐのは「自分の子どもを幸福にするため」と親は思っています。けれど動物的な感覚からしたら、そういう親は「お父さん」や「お母さん」でいることをサボッているわけです。キツネのお父さんお母さんは、何も別にお金儲けなんてしていないでしょう。ほんとはわれわれも動物なんだから、親は適当に食べ物を取ってきて、子供と一緒に適当にゴロゴロしてたらいいぐらいなのに、お金儲けに忙しくてなかなか一緒にいてくれない。
だから問題が起きたとき、親は「子どものためにどれだけいろいろしたことか」って言うけれど、子供に聞くと「お父さんお母さんは何もしてくれてない」って言うんですよ。
つまり、こどもにとって親が何かしてくれるというのは、お金を稼ぐことじゃなくて、一緒にいてくれたとか、大事なときに「うん」と言ってくれたとか、そういうことなんです。
親としてのカンを磨くには、自分が子どもだったころ、親がどうしてくらたらうれしかったかを思い出してみてもいいですね。

ぼくが子どもだった頃、兄貴がボクら弟を2人連れて、お城へセミを取りに行ったことがあったんです。うちのオヤジは、その昔わんぱく坊主だったから、子どもはわんぱくでいいという考えで、少々のことは大目にみてくれる。
かなり悪いことをしてもあんまり怒らなかったんです。ただし、絶対したらいかん、というのがあったんです。それは、お城の石垣とそこに生えている木にだけは絶対登ってはいけない、というんです。
石垣から落ちたら死んでしまうからですね。

ところが、その石垣の横に生えている木に、なぜかものすごくいっぱいセミがいるんです、それでついに兄貴が禁を冒して登るわけ。でも、手が滑ってずるずる木の幹をずり落ちて、胸のところをひどくすりむくんです。
「お父さんにどう言おう」「コケてするむいた、いうことにしよう」と兄弟三人で口裏をあわせた。でも、コケるくらいでそんなところをすりむくはずがないでしょう?
報告すると、親父はニヤッとして「うん、そうか」というだけで怒らない。怒らないんだけど、こっちは完全に「バレた」と分かったわけです。

そのとき怒らなかったのは親父の偉いところですね、ぼくらは三人とも、もううんと反省して後悔しているわけだから、オヤジは「これからはきをつけろよ」と言ってそれ以上は言わない。
ものスゴい威厳があった。ああいうときに怒るか怒らないか、それはカンですね。どっちがいいのか分からない。怒った方がいいときもある。

親のカン

そういうカンというのは、子どもと接する機会を多くして、子どもをよく見ているとだんだん身についてきますよ。子どもは、意味もないのに泣いたり笑ったりしないんですよ。腹が減ったりおむつが蒸れたら泣くし、気持ちよかったらニコッと笑うわけですね。子どもを見ていれば、子どもが教えてくれるんです。
泣いていることに意味がわることを忘れて、泣かせたらいけない、と思うと、話がズレてきます。親がカッとなって怒ると、ますます火がついたように泣く。子育ては、悪循環になると、どんどんその悪循環が加速するんです。
このごろは、お父さんもおむつを替えたりいろいろやってるけれど、そのときに、お母さんと二人で話しをすることが凄く大事なんです。赤ちゃんがワーッと泣いている。お母さんは、おむつが濡れているなと思って変えてやる。すると赤ちゃんはニッコリする。「ほら喜んだでしょ?」と言えば夫の方は「そうか、そういうものなのか」と分かってくる。
お母さんが黙って一人でやっているより、そうやって誰かが関わってくることが大きいんです。

最後に

会話なしでやっていると、どっちも嫌々やることになってしまう。それでは全然二人でやる意味がない。
「なんで泣いているのか」「なんで笑っているのか」「ああ、そういうものか」ということを二人で話して、了解しあうと、ゆとりも出てきます。

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